イベント・レポートVol.1 なにもない街からはじまる共創の旅

なにもないから、なんでもできる。想いをカタチにできるまち・下野市であたらしいまちづくりを学んでみた

こんにちは!ライターの宇於崎(ウオザキ)といいます。

旅行をすることが好きで、地域活性やまちづくりに興味を持つ大学4年生です。普段はライターとして取材に出かけたり、旅行ベンチャー企業のインターン生として活動したりしています。

今回、『なにもない街から始まる共創の旅 地域とかかわる入門講座【実践編】』のツアーへ参加してきました。簡単に説明すると、下野市のローカルプレイヤーからまちづくりを学び、地域課題解決を推進するプロジェクトに実際に参画する、計2日間の共創型プログラムです。
※今年度ツアーの実施概要など、、詳細はこちらをご覧ください。

実は昨年度も、下野市の魅力を発見することができる関係人口創出ツアー『下野市の“ひと”と出会う旅』へ参加しており、今回は2度目の訪問となりました。
※昨年度モニターツアーの様子はこちらをご覧ください。

訪れるたびにあたたかく迎えてくださる下野のみなさんのおかげで、大学進学とともに上京してきた自分にとって下野市はまるで自分の第二の故郷のような感覚。

そんな下野市はいま地域の人財と地域資源を活用したさまざまな取り組みを実践しているそう。

今回はこのツアーを通して、地域おこし協力隊を含めた自治体と地域のたくさんの若いプレイ ヤーが一体となってあたらしい下野市をつくろうと活動している様子を間近で見ることができました。

そして、都内に住む私も下野市をお手伝いする一員として、まちづくりを”実践”してきました。そんなツアー2日間の様子をお届けします!

「栃木県下野市」ってどんなまち?

それぞれに深い歴史を持った石橋・国分寺・南河内の3エリアが合併して生まれた下野市。栃木県最小の面積の市ながら3つの駅を有しており、東京まで電車で約90分と利便性も抜群の立地にあります。

さらに、下野市はかんぴょうの生産が日本一!なんと全国生産の46%を下野市が占めているそう。人口ひとりあたりの医師数が全国1位だったり、高校生(18歳)までの医療費が無料だったりと、安心安全で子育てがしやすいことも含め「幸せ実感都市」として知られています。

しかし、下野市の生産人口数は下降傾向にある現実もあります。

そこで下野市は地方創生事業のひとつとして主体的にまちに関わる人を増やす「関係人口創出事業」や、「シモツケ大学」などの事業を積極的におこない、地域活性化へとつなげているそう!

実際に訪れても、まちの雰囲気はとても穏やか。市の面積の適度な小ささを逆に利用して、未来のまちづくりを気軽に地域の人を巻き込みながら取り組んでいる、素敵なまちだと感じます。

さらに、都心に近いことで都内に住む人をもプロジェクトに巻き込みやすいという利点も。受け入れる側の土壌もしっかりしているので、気軽に関わりやすいまちだと感じました。

若者が主体となって地域の次世代の未来を想い、未来のまちを考え、動いている。日々多くのモノゴトが生まれる、いま一番オモシロイ地域と言っても過言ではないかもしれませんね。 それではいよいよ、ツアーの様子を見ていきましょう!

【ツアー1日目】
まずは下野を知るところから。
市のあたたかさと魅力を実感したまちめぐりの日

11:00 JR小金井駅

都内から1時間とすこし。少しずつ都会の喧騒を離れていくのを感じつつ、おだやかな風景を眺めながら電車に揺られているとあっという間にJR小金井駅へ到着しました。都内の主要駅から電車の乗り換えもなく快適で、意外と早く着くんだな、というのが正直な気持ちとしてありました。

駅で参加者と合流し、車に乗り込みます。ここからはじまるツアーへ期待感を高めながら「はじめまして」と参加者同士の会話をたのしみつつ、下野のまちを案内されながら「天平の丘公園」へと向かいます。

11:30 天平の丘公園

広い公園の敷地内、向かったのは古民家のような場所。公園内にあるこちらの建物は、古民家をリノベーションして作られたシェアスペースでした。この日も、持ち込みで友人家族と一緒にごはんを食べている人たちや、公園内カフェ「10picnictables(テンピク)」のお弁当を楽しむ人たちであふれていました。

また、この古民家はちょっとした作業場にも利用できることも特徴。わたしたちはオリエンテーションの会場として利用したのですが、なんとコタツに入ってミーティングをおこなうことに。古民家ら しい雰囲気を満喫できると同時に、部屋に差し込むあたたかな光も相まって、参加者からは「ぜったいに眠くなっちゃう…(笑)」との声も。

コタツに入ってミーティングをしている様子
郷土料理のひとつ「しもつかれ」が入ったお弁当

下野市の特徴や、2日間をともに過ごす下野市のコーディネーターについてなどの説明をひととおり受けたあとは待ちに待ったランチ!公園内カフェ「10picnic tables」の日替わりお弁当をいただきました。

この日のお弁当には栃木県を代表する郷土料理のひとつである「しもつかれ」が入っていたのでチャレンジしてみました。酒粕の香りが特徴的な、鮭の頭と大豆、酒粕を混ぜた料理だそう。

栃木県民の中でもその好き嫌いは大きく別れるそうですが、私は美味しいと感じました。鮭の頭の下処理の方法で味が変わってしまうそうで「家以外のものは食べられない」「この地域のものが好き」などと栃木県民の間で熱い談義が繰り広げられていました。

公園内でリラックスして会話をたのしむ参加者たち

また、こちらの公園は下野市の桜の名所でもあるそう!花まつりの季節になると約500本もの桜が見頃を迎えるとのことで、その様子は想像しただけでも美しいもの。私も春になってまた桜を見に訪れたい、と感じました。

13:30 しもつけ風土記の丘資料館

ランチをいただいた後は下野市の歴史を知るべく「しもつけ風土記の丘資料館」へ。歴史を初めて学ぶ小学生はもちろん大人まで、分かりやすい解説パネルや映像などを通して古墳時代から奈良時代頃までの下野市の歴史を知ることができます。

下野市の機織形埴輪の説明を受ける参加者

実は下野はとっても長い歴史のある地域。弥生時代後半から平安時代にかけて、巨大な古墳が多数つくられていたり、多数の集落跡が発見されたりなど、大きな集団の住処であったことや他地域と交流があったことがわかっているそう。
埴輪などの重要な史財もたくさん発掘されていて、中でも「機織(はたおり)形埴輪」という埴輪は日本初の出土例となっています。珍しい埴輪を近くで見ることのできる機会はなかなかなく、参加者はみんな興味津々で見ていました。

14:30 吉田村ビレッジ

続いて車で移動してやってきたのは「吉田村ビレッジ」。その場所がまるでひとつの”村”であるかのように、「体験する」「食べる」「買い物をする」「泊まる」という体験をすることができる複合施設です。

吉田村ビレッジ村長の伊澤敦彦さん

下野市の中でもとくに吉田地区は「なにもない」場所だったと言う、吉田村ビレッジ村長の伊澤敦彦さん。なにもない中をよく見ていたら「農業がある」と感じ、農業をフィーチャーしたアグリツーリズムを作ろうと決意したそうです。

ちなみにアグリツーリズムとは、農場や農村で楽しむ、滞在型の休暇スタイルのこと。人々の意識が「モノ」よりも「コト」に向けられがちないま、「その土地ならではの体験がしたい」と考える観光客が増えています。 地方に足を向け、農業や自然・生活を体験する観光スタイルこそ、この吉田村に合っていると伊澤さんは考えました。

かわいい雑貨がたくさんある店内に、参加者の目もきらきら

吉田地区にあった、どうにも活用できない大きな米蔵。これを吉田村ビレッジに利用して、内部を改装。近代的なデザインのホテルや美味しいパンの揃うベーカリー、見ていてワクワクするモノばかりが並ぶマーケットが集まりました。

他にもサイクリングができたり、グランピングをしたり、いちご狩りをしたり、下野市食材を使った料理を楽しめたり。まさにひとつの村に滞在しているかのような、のどかな田舎暮らしの日常を体験できる場所になっていました。

そんな吉田村ビレッジの奥に見えたのは、下野が「なにもない」と言われる所以かもしれないこの景色。でも思い返せば東京からも意外と近いし、豊かな生活だと思える場所がたくさんあります。

この景色を見ながら「素敵な場所たくさんあるんだな」とつぶやく参加者。私自身、ツアーを通して地域にあふれる魅力を実感し、自分が下野のことをさらに好きになっていることを感じていまし  た。

「Gelato&Caffeいざわ苺園」のジェラートはどれも絶品です
美味しいジェラートを食べて会話もはずみます

15:30 石橋エリアのまちあるき

駅前通りから商店街を通り、ゆっくりとまちあるきをしていきます。明治時代は「馬市」という馬を売買する市場が、バブルの時代は観光旅行が流行ったと言われるこの石橋のまち。そのまちの歴史の跡を実際に探してきました。

まっすぐな国道4号線に沿って歩きながら、地域コーディネーターの方にかつて石橋は宿場町として栄えていたことを教えていただきました。宿場跡が完全に残されているわけではありませんが、将軍日光参詣時の休憩所となっていた「開雲寺」など、その確かなおもかげを感じます。

「このベンチは地域の人たちとの交流のために設置したもの」と説明する鈴木さん

しばらく歩き、訪れたのは「愛宕神社」。ここに馬市に関係している石碑があるということで、実際に境内を探してみると「勝善神」と書かれた石碑がありました。

これは、かつて石橋には東日本最大の馬市があり、このまちに権威があったことを示すもの。東日本最大級の馬市の開催を中心としてさまざまな商売が流行ったことで石橋エリアには資産を持つ富豪が増え、まち全体が栄えていたそうです。

資産家が多かったことは、まちの他の場所からも伝わりました。案内していただいたのはお神輿

(みこし)を売る「宝珠堂」。60年以上、神輿を中心に山車(だし)や神仏具の制作販売・改修を行っているお店です。

お話をうかがってみると、かつて石橋には個人でお神輿を所持する資産家が大勢いたそうです。めでたい事があった際や、何かの節目ごとに家のお神輿を担いでいたと聞いて、想像もつかないような金銭の感覚に驚いてしまいました。普通は自治体でひとつを所有するようなものを個人で所有できる凄さはあまりにも圧倒的でした。

まちあるきの後は、2日目の説明をしてクロージングをしました。夜は懇親会が行われ、さらに深く地域の方々と交流できたそう!

※ツアー2日目の様子は、こちらをご覧ください